建学の精神

『敬天愛人』

南洲唱えて我等迫れり、

豪気堂々天地を貫く、

永遠の校風我ら築かむ。

 

明治維新の中心人物だった西郷隆盛(号は南洲)の遺訓の中に「敬天愛人」という言葉が出てきます。

ここで指す”天”とは天地自然を司る道理のこと。

”敬”とは守ること。

すなわち物事の正しい道筋。正しい論理を守ること。

”人”とは自己を含む人類全てを指すと同時に、人々によって築かれる生活や社会をも意味します。

”愛人”とは自分と同じように他人へも愛情を持ち、思いやりの心を持って接するということ。

この「道理を守り、人とその営みを愛す」の信念に感銘を受けた創立者・長戸路政司は此を学園の基本精神とし、その志を伝える為に学園の名を「敬愛」としました。

在りし日の長戸路政司先生の肉声
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創立者 長戸路政司

理事長挨拶

敬天愛人 

本学園の建学の精神は「敬天愛人」です。天によって生み出され、生かされて生きていくものは、一人の例外もなく、誰もが天から与えられた人間の尊厳性と、人間として成長する無限の可能性を秘めています。これを最大限に伸ばして実現化させることが本学園の教育の基本です。
皆さんは、ぜひ、敬愛大学八日市場高等学校で充実した高校生活を送ってください。

学校法人長戸路学園
理事長 黒須 健治

長戸路学園理事長 黒須健治

創立者 長戸路政司

 

 本学園の創立者「長戸路政司(ながとろまさし)」は、明治17年、匝瑳郡野栄町に生まれ、長じては旧制第二高等学校を経て、明治43年に東京帝国大学法科大学を卒業した。二高在学中は、弁論に熱中し「全国高等学校雄弁大会」で優勝している。

 大学卒業後、和歌山地方裁判所検事局検事に任官したが、大正2年「思うところあって」検事の職を辞し、大正2年に東京で弁護士を開業した。
 開業後、次第に弁護士としての名声を博しつつあったにもかかわらず、その業務にあきたらず「教育こそ人生の崇高な事業であり、生涯を捧げることが使命。」と痛感し、大正10年、郷里に帰って八日市場女学校を開校。西郷南洲の遺訓である座右銘「敬天愛人」を建学の精神として教育に情熱を注いだ。
 長戸路政司は、大学在学当時から、『天は人も我も同一に愛し給う故、我を愛する心を以て人を愛するなり』という南洲の訓えに深い啓示をうけ、南洲の聖なる人格と高邁な識見に傾倒していた。八日市場女学校が敬天愛人を建学精神として掲げたのも『講学の道は敬天愛人を目的として云々』という南洲の遺訓にならったのである。

 大正15年には千葉市に「関東中学」を開校。今日の「長戸路学園」「千葉敬愛学園」の基礎を築いた。
 以来、大正末期から昭和初期にかけての厳しい世相の中で、さらには戦前・戦中の苛烈な時代を通して、教育本来の目的を失うことなく、ただひたすら子弟の教育と学校経営に渾身の力をふりしぼり、本県私学の「父」とまで呼ばれるようになった。

 戦後は、人材難、財政難、生徒数の減少にもめげず寝食を忘れてひたすら学園の立て直しに努めるとともに、学制改革の施行にともない、学校法人の設立、八日市場高等女学校及び関東中学の新制高校への編成替えなどを行って、新時代に対応した教育を展開するための基礎を固めた。
 昭和25年には、全国にさきがけて千葉敬愛短期大学・初等教育科を開学した。これは時代の要請に合致し、以後40余年にわたって、本県はじめ近傍都県の教員需要に大きな貢献を果たした。
 昭和33年、科学技術時代の到来を予想して工業商業4科を併設する千葉工商高等学校を開校。昭和41年には、かねての宿願であった千葉敬愛経済大学を開学した。
 昭和51年には、現横芝光町に本校の姉妹校である横芝敬愛高等学校をも開校した。

 このように、長戸路政司は、教育をおのれの天命と信じ、終始一貫至誠をささげて教育に尽瘁した。
 明敏な先見性と果敢なたゆむことなき前進は、創立者のきわだった特質であった。一方、温愛にあふれた人柄は教職員・父母・子弟の敬慕を集め、その感化はひろい範囲に及び、請われて様々な公職にもたずさわった。(※1)
 また、教育をはじめとする偉大な社会的貢献に対して数々の栄誉が授与され(※2)、昭和55年享年95才をもって天寿を全うした。

在りし日の長戸路政司先生の肉声
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※1 県私学協会長(23年)、県教育委員(23年)、県私立学校審議会委員(25年)、日本私立中学校高等学校連合会理事(41年)などを歴任

※2 藍綬褒章、県知事表彰、千葉市長表彰を受けたほか、昭和48年6月には千葉市で二人目の名誉市民に選ばれた。

 

藍綬褒章受章の様子藍綬褒章受章の様子。代表して天皇皇后両陛下に御礼を言上している。(1959年(昭和34年)5月)

 

千葉市名誉市民千葉市の名誉市民に選ばれた際の写真。(1973年(昭和48年)6月)